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角舘こぎんの夕べ 第一夜

  • 執筆者の写真: Noriko Kakudate
    Noriko Kakudate
  • 2015年2月9日
  • 読了時間: 3分

この記事は、Facebookの企画で作成したものです。

普段自分の制作スタイルを考えたり、こうして文章にして振り返ることはなかなかありません。しかしこうして自分の軌跡を振り返り、活動を広める機会を頂いたのだと思い、頑張って参りたいと思います。 この5日間は、角舘とこぎん刺しの出会いから、過去•現在の制作、そしてこれから、まで書いていけたらと思います。どうかお付き合い頂けましたら幸いです。 さて、前置きが長くなりましたが、day art challenge 〜角舘こぎんの夕べ〜第一夜目、始まります。 《こぎん刺しとは》 手染めこぎん工房krik's dikdikは、角舘徳子が創始した草木染め•こぎん刺しのショップ名です。 しかしそもそもこぎん刺しとはどういったものでしょう。 こぎん刺しは藩政時代、稲作が中心である津軽地方の農民衣として誕生しました。麻布の目を1、3、5…と奇数で数え、幾何学模様を形成する刺し子の一種です。太平洋側である、南部地域には、2、4、6…と偶数で目を数える南部菱刺しがあります。 その時代、藍で染められた麻のみを着用とされた倹約令が出され、極寒の冬を乗り越えるため、当初は麻布を麻の糸で刺し綴り、布を厚くし、暖をとったと言います。 そののち僅かながら綿が出回り、麻糸にとって換えられました。 時の経過により、ただ布を糸で刺し綴るだけでなく、模様が出現しました。そしてそれは津軽の農婦たちによって競われ、深い雪に閉ざされた冬の時間と彼女たちの美意識により、こぎんはさらに複雑に美しく発展していったのです。 それは補強•保温を兼ね、しかも美しいものとして、世界に目を向けた際にも希有な刺し子であるといえるでしょう。 《角舘とこぎん刺しとの出会い》 そんなこぎん刺しと角舘の出会いは今から7年前、大学を卒業する年でありました。 その頃私は大学の美術の教員免許を取ったもののとても迷っておりました。 というのも、お恥ずかしい話、自分には美術の才能はないことが分かっていたからです。(その時は思い詰めていてそうとしか考えられませんでした。いまなら柔軟な考えができるのに) そんな中で教員となっても生徒たちが気の毒だと考え込んでいたわけであります。そしてそもそも就職以前の話で、提出する卒業制作物を、絵画、彫刻どのジャンルでも納得のいくものは作れないだろう、そう思っていました。 そんな将来や卒業制作の題材などで煩悶する中、出会ったのがこぎん刺しでした。 たしかゼミの先生から手渡された一冊の冊子でありました。津軽塗、打ち刃物、アケビ蔓細工…津軽の伝統工芸がまとめられていたように思います。 そしてあるページで手が止まりました。糸と布で構成される、模様、模様、もよう…。 それは幾何学で、ストイックで、本当にスタイリッシュに感じました。 他でもない、津軽で育まれた技術だと知りました。 私はその時まで津軽にこんな刺し子があったとは知りませんでした。思えばとても狭い世界で、視野で生きていたのかも知れません。それが大学4年生にあがる年でした。 そんな出会いを経て、私の中ではとても自然な流れの上でこぎん刺しを卒業テーマに決めたのであります。 その後本当に幸運な事ですが、市内の工房へ2年勤めることができ、独立。今に至ります。 それから7年間、こぎん刺しを続けられている事に本当に奇跡と感謝を感じています。 画像は卒業制作•こぎん刺し”均 ーバランスー”です。

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